お水取りの意味とは?奈良の東大寺が舞台!何をするの?

こんにちは☆


みなさん、お水取りって知ってますか?

お水を取る???


筆者は、最初聞いたとき、
手術か何かで、体内のお水を取るのかな?
なんて、思ったのですが、


全く違いました(苦笑)


これ、奈良時代から続く、仏教の伝統行事なんです。

そして、文字通り、お水を取る(くむ)、そして
お供えをする行事なんです。

今日は、この奈良の東大寺のお水取りの意味と起源について、
見ていきたいと思います。

風水のお水取りのことは、ここでは
書いていないので、注意してくださいね。

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☆ 時期は?メインイベントは?


現在では、3月1日から14日まで本行が奈良の東大寺で行われます。

この行事が終わるころには、冬が明けていることから、
春を告げる行事とも言われています。

なんだか、素敵ですよね~(*・ω・*)b

実は、お水取りではなく、
正確な名前は、「修二会(しゅにえ)」というそうなんです。
読み方も難しいし、ますます何の行事かわからないですよね。

そういうわけで、今では修二会の代表的な行事、
お水取りという俗名で、呼ばれるようになっています。

これは、3月12日深夜に、井戸から観音さまに
お供えする水を汲み上げる儀式が行われるのですが、
この「お水取り」が、メインイベントであるためです。

他にも、松明の火が有名です。
そのため、「お松明」と呼ばれることもあります。

画像があったので、載せますね。
5分20秒くらいから、見てください。とてもきれいですよ。


 


もともと、このお水取りは、
旧暦の2月1日から14日まで行われていたんです。

そのため、2月に修する法会として「修二会」というんですね。
お水取りが行われる、東大寺の「二月堂」の名前もこれに由来します。

☆ 由来は?歴史は?


この行事、奈良時代から続く伝統行事で、
なんと752年以来、途絶えたことがないそうです。

そのため、「不退の行法」といわれています。
今年、平成26年(2014)には1263回目を迎えます!!!

なんだか、気が遠くなりそうな数字ですね。
全然イメージできません (*´Д`*)

東大寺を開山した良弁(ろうべん)の弟子、実忠(じっちゅう)
が始めたとされています。

東大寺の歴史は長いですが、過去に2回火事で、
大半が焼けてしまうなんてことがありました。

そのときでさえ、修二会だけは
1263年もの間一度も絶えることなく
今まで続いてきたようです o(≧▽≦)o

僧侶たちの熱い思いが伝統をつなげてきたんですね。

☆ 何のための行事?


この行事、何のための行事だったのでしょうか?

人々に代わって罪を懺悔(ざんげ)し、
天下泰平や五穀豊穣を祈るための行事だったんです。


もともと、修二会がスタートした奈良時代には、
天災や疫病や反乱は、国家の病気と考えられ、
このような恐ろし~い病気を取り除いて欲しい
という人々の願いがありました。

そのため、この行事の中で、
東大寺の僧侶たちは、人々に代わって、
世の中の罪を一身に背負い、懺悔(さんげ)の行を行い、

鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣などを願い
祈りをささげるという役割をはたしていました。

みんなのために、僧侶が代わりに
菩薩さまに懺悔をし、安全と繁栄を与えてくださいとお願いするのが、
もともとの役割だったのですね (b・ω・d)

「修二会」の結成自体は、前年の年末からスタートします。

良弁の命日である12月16日の朝、
翌年の修二会を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)
呼ばれる11名の僧侶が発表されます。

年が明けて2月20日より別火(べっか)と呼ばれる前行が始まり、
3月1日まで泊まり込みで、本行の準備をします。

そして3月1日から14日までの間
二月堂において修二会の本行が勤められます。
主には、お祈りなのですが・・・

人々の注目を集めるのは、
先ほど、紹介した、お松明とお水取り
なので、この2つの概略について
説明したいと思います。

☆ お松明(たいまつ)とは?


これは3月1日から14日の夜、毎日行われます。
上の動画でみることができるので、
ぜひ5分20秒あたりを、見てくだい。

燃えさかる松明の火(約6メートル)を
舞台の欄干に掲げる行事です。

降り落ちる火の粉が無病息災をもたらすと言われていることから、
たくさんの参拝客が集まる。火の粉が降る瞬間、みんな歓声を上げます。

お水取りは、水の祭りであり、火の祭りでもあるんですね。
 

☆ お水取りとは?

 

お箸1

そしてこれが、3月12日の深夜に行われる、クライマックスの行事です。

練行衆の僧侶は、祈りの合間に、
二月堂下にある若狭井(わかさい)という井戸に
観音さまにお供えする「お香水(おこうずい)」という
水をくみにいきます。

この井戸は建物の中にあり、
他の人は、入ることも、中を伺うこともできません。
伝説では、この日にしか、お水が湧いてこないことになっています。


☆ ご香水の保存方法には2種類ある


12日の「お水取り」で内陣に運ばれたお香水は、
13日に、大導師の祈りの間に、壺の中に納められます。

その壺のうち一つは「根本香水」と呼ばれでいます。
これは、「お水取り」で汲まれた水が
1200年以上にわたり、毎年加えられてきたもの。

つまり、1200年前からのお香水が入っているんです。
1200年間ずーっと、使っては、また継ぎ足されてきたんですね。
毎年、新しいのが混ざっていくんですね☆

1200年前の水が入っている
ご、ごくっ!なんか、すごい!!!
というか、色んなものが入ってそう・・・(´・ω・`)

また、これとは別に「次第香水」といって、
その年「お水取り」で汲まれた水を、いれるものがあります。

これは、毎年、壺を掃除し、新しいお香水を入れます。
この壺掃除は、11日の日中に行われ、
ここからくみ出された香水の残りは、
数に限りはありますが、参拝者ももらうことができるそうです。


☆ 実際に見るためには?


ナース


お松明は、見ることができます。

ただ、12日は、すごい人で、交通・入場の規制もされるそうです。
二月堂の広場は、特別に許可を受けた人しか入れません。

なので、3月1日から14日までの平日がベストです。
平日でも、10本の松明を楽しむことができます。

広場に行けば、迫力と火の熱さを、じかに感じることが
できるそうですよ(*゚ ∇ ゚ )

特に14日は、10本の松明が一気に振り回されます(動画の通り)
舞台から降り注ぐ火の粉は、まさに壮観としかいいようがない
そうですよ。

現代人ですら、こうなのですから、
奈良時代や平安時代の人にとっては、
もっと壮観で、胸に響く行事だったと思います。

☆ 終了後の3月15日にも、イベントが!?


また本行が終了した15日には、
行事に使われた帽子を幼児にかぶせる儀式が行われます。

これをかぶせてもらうと
病気もせず、健康に育つという言い伝えがあるため、
子供連れのお客さんが集まるようです。

そして、二月堂のお水取りが終わると
桜の咲く春がやってくることになります。


☆ おわりに


3月1日から14日の間、僧侶たちは、
1日1食しか正式には食事ができないそうです。

しかも、その食事というのも、質素なもの。
一汁一菜で皆のための祈りを捧げつつ無言で食べるそうです。
僧侶も大変ですね。

1日中、忙しく動きまわるにも、関わらず
食事は、ほんのちょっぴりなんて。

しかも、昼ご飯をとると、
一日の行が終わるまで水一滴すら飲めないそうです。

でも、1200年の伝統の作法なんて
言われたら、守るしかないですよね。
ご苦労さまです 。゚゜。えー(⊃´Д`⊂)ーん。゜゚。

そして、食事を終えた練行衆は食堂退出のときに、
懐紙に包んだご飯を向かいの若狭井の屋根に投げ、
鳥たちに分け与えるそうです。

うーーーん!自分が食べたいだろうに (*´Д`*)
よりにもよって、鳥にあげなくてはならないとは・・
やはり、人々の罪を背負って懺悔するのは大変です。

(まぁ、キリスト教の場合は、
イエスキリストが十字架で死刑になって、罪を贖ったのだから、
食事の量が少ないくらいは仕方ないのかもしれません)

テレビでみるのも良いですが、
1度間近で、火の粉を見てみたいですね。


今日は、この辺で。
読んでくださり、ありがとうございました♪

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